大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 平成10年(行ウ)34号 判決

原告

甲野太郎(仮名)

右訴訟代理人弁護士

角南俊輔

被告

埼玉県教育委員会

右代表者委員長

茨木俊夫

右訴訟代理人弁護士

鍜治勉

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

理由

一  被告は、本件転任処分は、原告に法律上の不利益を課すものではないから、本件訴えは、不適法として却下されるべきであると主張するので、この点について判断する。

1  本件転任処分は、平成一〇年度当初における人事異動の一環として、熊谷高校定時制に勤務していた原告を児玉高校に補する旨の配置換えを命じたものであり、原告の身分、俸給等に異動を生ぜしめるものでないし、原告は、埼玉県公立学校教員として任命されたのであるから、埼玉県内の他の公立学校に転任を命ぜられることもその地位に伴って当然に予定されるところであり、客観的、実際的見地からみて、勤務場所、勤務内容等において何らかの不利益を伴う等の特段の事情が認められない限り、転任処分の取消しを求める法律上の利益を認めることはできないというべきである。

2  そこで、本件においてもこれらの事情を認めることができるか検討する。

(一)  請求原因1、2及び4は、当事者間に争いがない。

右当事者間に争いのない事実、〔証拠略〕によると、次の事実が認められる。

(1) 原告は、昭和四八年四月一日付けで、埼玉県公立学校教員に任命され、同日付けで熊谷高校(埼玉県熊谷市大原一丁目九番一号所在)に補され、熊谷高校定時制の勤務を命じられ、以降、平成一〇年三月三一日まで二五年間、熊谷高校定時制に勤務していた。熊谷高校定時制における勤務時間は、午後〇時二〇分から午後九時〇五分までであるが、午後〇時二〇分から午後三時五〇分までは自宅における研修時間となっている。原告は、平成九年度当時、熊谷高校定時制三年一組の学級担任であり、保健体育の教科を担当するとともに、生徒会及び生活指導を担当していた。熊谷高校定時制における保健体育の一週間当たりの教育課程は、一年生は体育及び保健が各二時限、二年生から四年生までは、体育が各二時限であり、原告と平成五年四月一日に同校に補された乙山教諭の二人でこれらの授業を担当しており、熊谷高校定時制の授業開始時刻は、午後五時四〇分、授業終了時刻は、午後八時四五分であった(〔証拠略〕)。

(2) 被告は、「平成一〇年度当初教職員人事異動の方針」(〔証拠略〕)において、教育界の気風を刷新して、教育効果を高めるため、人材を抜てきし、適材を適所に配置する等、広範かつ適正な異動を推進すること、教育の機会均等を図るため、各学校の教職員組織の充実と均衡化につとめ、地域差・学校差を是正すること、県教育水準の向上を図るため、特に市町村教育委員会の積極的な協力により、全県的視野から長期的展望に立って、計画的に選考、異動を実施することを基本方針として定め、転任及び転補について、教職員の特性、能力、勤務実績及び職務経験並びに各学校の教職員構成及び地域社会との関係を考慮して、適材を適所に配置すること、学校間の教職員の性別、年齢、教科等の構成の均衡を考慮し、教職員組織の充実を図るとともに、教職員の職務経験を豊かにするため、人事の交流を積極的に行うこと、配当定員に対して過員を生ずる場合は、その調整のための異動を優先するなど、児童、生徒の減少に伴う人事を重点的に行うこと、学校の気風の停滞を防ぐと共に、職務経験を豊かにするため、同一校勤続年数の長い者については、積極的に異動を行うことを基本方針として定めた。

そして、被告は、右「平成一〇年度当初教職員人事異動の方針」に基づいて、「平成一〇年度当初県立学校教職員人事異動実施要綱」(〔証拠略〕)を定め、教員等の転任について、〈1〉各学校の教員組織を充実させ、不均衡を是正するとともに、全県的教育水準の向上を図るため、同一校における在職年数は、原則として一〇年までとし、一〇年以上の者については、計画的かつ強力に異動を行う(計画人事)、〈2〉経験を豊かにし、視野を広め、資質の向上を図るため、採用以来同一校在職五年以上一〇年未満の者については、採用時の状況を踏まえ、強力に異動を行う(経験人事)、〈3〉各学校における配当定員又は教科別担当者数に過員を生ずる場合は、その解消のための異動を優先して行う。過員解消のための異動及びこれに関連する異動は、計画人事、経験人事対象者を中心に全県的視野に立って強力に行う(過員解消人事)、〈4〉全日制、定時制及び通信制の各課程相互間、普通科と職業科の学校相互間並びに高等学校と特殊教育諸学校高等部相互間の異動を積極的に行うこととした。

さらに、「平成一〇年度当初教職員人事異動の方針」及び「同実施要綱」に基づく人事異動の具体的な取扱要領として、「平成一〇年度当初県立学校教職員人事異動取扱要領」(〔証拠略〕)が定められ、転任については、各学校の教員組織を充実させ、不均衡を是正するとともに、全県的教育水準の向上を図るため、計画人事を強力に行うこととされた。

(3) 被告は、次年度め四月一日の教員の転任処分に向けて、前年度の生徒数及び募集人員から学級数を決め、右学級数から各学校ごとの教員数を算出することとしているところ、熊谷高校定時制における平成九年一〇月一日現在の生徒数は、一年生三六人(うち通学者二六人)、二年生四八人(うち通学者二九人)、三年生五二人であり、新一年生の募集定員が四〇人であったことから、一学級四〇人を基準とすると、平成一〇年度の学級数は、新一年生及び新二年生が各一学級、新三年生及び新四年生が各二学級の合計六学級となり、平成九年度の八学級から六学級へ二学級減少することになり、これに伴って、教員数も一六人から一三人へ三人の減員となった(右減員数は、減少した学級数二に標準法九条一項二号の表に定める係数一・五〇九を乗じて算出される。)(〔証拠略〕)。

(4) 一方、児玉高校(埼玉県児玉郡児玉町大字八幡山四一〇番地所在)では、保健体育の教科を担当していた教諭が一人定年退職することとなったため、保健体育担当教諭が一人欠員となった。そこで、被告は、平成一〇年四月一日付けで、原告に対し、児玉高校への転任処分を行った。

なお、被告によって右同日付けで転任処分を受けた熊谷高校定時制の教員三人は、いずれも埼玉高教組の中央執行委員あるいはその経験者であったが、原告を除く二人の教諭のうち、丙川教諭(数学担当)は、平成一〇年三月末日をもって同校に二二年間、乙川教諭は、一五年間、それぞれ継続勤務していた。

(5) 原告は、平成一〇年四月一日から、児玉高校の全日制課程において勤務しているが、全日制課程の勤務時間は、午前八時三〇分から午後五時〇五分までであり、原告は、平成一〇年度は、学級担任は受け持たずに、保健体育の教科、バレー部顧問及び教育相談を担当していた。同校の保健体育の一週間当たりの教育課程は、一年生から三年生まで各八学級について、一年生及び二年生は、体育及び保健が各三時限、三年生は、体育のみが三時限であり、これらの授業を保健体育担当教諭九人が分担している(〔証拠略〕)。

(6) 熊谷高校定時制は、平成一〇年度は、教員一三人と非常勤講師五人の体制となったが、原告は、平成一〇年五月二二日から、児玉高校に勤務しながら、熊谷高校定時制の兼務講師として、一週間当たり二時間、体育の授業を担当している(〔証拠略〕)。

熊谷高校定時制の平成一〇年五月一日現在の生徒数は、一年生四六人(うち休学者一一人)、二年生五〇人(うち休学者一七人)、三年生四八人(うち休学者一一人)、四年生三八人(うち休学者二人)であり(〔証拠略〕)、平成一一年一月三一日現在の生徒数は、一年生四二人(うち休学者一七人)、二年生四二人(うち休学者一一人)、三年生四四人(うち休学者一二人)、四年生三七人(うち休学者二人)である(〔証拠略〕)。

(二)  本件転任処分は、前示のとおり、原告の身分、俸給等に異動を生ぜしめるものではないし、前記認定の事実によるも、原告の住所地から熊谷高校までの距離と児玉高校までのそれとを比較しても大きな差は認められず、その他、本件転任処分によって著しく通勤が困難になるなど勤務場所の点で原告に不利益が生じたという事情を認めることはできないし、本件転任処分後も担当教科に変更はない。原告が主張するように、本件転任処分により、原告の勤務時間、執務体制あるいは担当時間が、熊谷高校定時制における場合に比して負担が増加し、本件転任処分の発令後に、熊谷高校定時制の体育教諭として兼務発令を受けたが、これによって原告の勤務が著しく加重されたと認めることはできないし、右不利益は、本件転任処分に伴う事実上の不利益であり、本件転任処分が法律上の不利益な処分であることを基礎付ける事由にはならないというべきである。したがって、本件転任処分が、原告の身分、俸給等に異動を生ぜしめ、また、客観的、実際的見地からみて、勤務場所、勤務内容等において何らかの不利益を負わせたものであると認めることはできない。

(三)(1)  この点、原告は、本件転任処分は、正当な理由なく行われた不利益な処分であると主張する。

しかし、前記認定した事実によると、被告は、熊谷高校定時制における平成九年一〇月一日現在の生徒数が、一年生三六人(うち通学者二六人)、二年生四八人(うち通学者二九人)、三年生五二人であり、また、新一年生の募集定員が四〇人であったことから、一学級四〇人を基準として、平成一〇年度の次年度の学級数につき新一年生及び新二年生を各一学級、新三年生及び新四年生を各二学級とした結果、同校の平成一〇年度の学級数が八学級から六学級に減少することとなった(本件学級数削減)ことが認められ、本件学級数削減は、熊谷高校定時制の前年度の在学生徒数及び募集人員に基づいて、適正な手続により実施されているから、本件学級数削減を違法と認めることはできない。また、被告は、平成一〇年度当初の教員の人事異動に当たり、「平成一〇年度当初教職員人事異動の方針」、「平成一〇年度当初県立学校教職員人事異動実施要綱」及び「平成一〇年度当初県立学校教職員人事異動取扱要領」を定め、教員組織を充実させ、不均衡を是正するとともに、全県的教育水準の向上を図るため、同一校での在職年数が長い者を積極的に異動させることとし、同一校における在職年数が一〇年以上の者については、計画的かつ強力に異動を行い(計画人事)、教員の過員を生ずる場合は、その解消のため、計画人事対象者等同一校での在職年数が長い者を中心的に全県的視野に立って強力に行うこととしたこと、本件学級数削減に伴い熊谷高校定時制では三人の教員が過員となったところ、原告は、同校に平成一〇年三月末日の経過により在職年数二五年を超えることになるので、右異動の対象となり、一方で児玉高校の保健体育の教諭に欠員が出たことから、被告は、原告に対し本件転任処分をしたことが認められるのであり、原告は、熊谷高校定時制に二五年在職する計画人事の対象者として、同校の教員の過員解消と児玉高校での保健体育教諭の欠員の補充のために本件転任処分を受けたのであるから、本件転任処分が正当な理由なく行われたと認めることもできない。

よって、本件学級数削減が違法であることや本件転任処分が正当な理由なく行われたことを理由とする原告の右主張は、採用できない。

(2)  原告は、本件転任処分は、不当労働行為であるから、本件転任処分は不利益な処分であると主張する。

しかし、前記認定したとおり、被告は、平成一〇年度当初の人事異動に当たり、同一校に一〇年以上勤務している者は、計画人事対象者として、計画的かつ強力に異動を進め、過員解消の異動は、計画人事対象者等同一校に長く勤務する者を中心に行うことと定めているところ、原告は、平成一〇年三月末日の経過をもって熊谷高校定時制での在職年数が二五年を超えることになることから、計画人事の対象者として、本件学級数削減に伴う教員三人の過員解消及び児玉高校の欠員補充のため、本件転任処分を受けたことが認められる。なお、本件学級数削減に伴う過員解消として転任処分を受けた原告を含む三人の教員は、いずれも埼玉高教組の中央執行委員又はその経験者であることが認められるが、原告を除く他の二人のうち、丙川教諭は、平成一〇年三月末日の経過をもって熊谷高校定時制での在職年数が、二二年を超え、また、乙川教諭は、一五年を超えることになるので、いずれも、計画人事の対象者に該当するとして転任処分を行ったと認められ、原告らが埼玉高教組の中央執行委員又はその経験者であることを理由に原告らに対する転任処分を行ったと認めることはできない。平成九年度、熊谷高校定時制には、保健体育の教員として原告のほかに乙山教諭が在職していたが、乙山教諭は、平成五年四月一日に同校の教諭に補され、同校での平成一〇年三月一日までの在職年数は四年にすぎないのであるから、乙山教諭は、計画人事対象者にも経験人事対象者にも該当しなかったものであり、被告が、乙山教諭を転任させずに、原告に対して本件転任処分を行ったとしても、被告が、原告が埼玉高教組の中心的な役割を担っていることを理由に本件転任処分をしたと認めることはできない。その他、原告が主張するように、被告が、原告に対し、本件学級数削減に反対する署名活動に対する報復、または、埼玉高教組の組合員を熊谷高校定時制から排除して、右組合の弱体化を図ることを目的に、不当労働行為意思に基づいて本件転任処分を行ったと認めるに足りる証拠もない。

(3)  原告は、本件転任処分は、熊谷高校定時制における定時制教育に支障を生じさせるものであり、また、原告が担任をしていた学級に在籍していたダウン症の障害者及びその保護者にとって重大な影響を与えるものであるから、裁量権の濫用であり、不利益な処分であると主張する。

しかしながら、被告は、平成一〇年度当初の人事異動に当たり、原告は、平成一〇年三月末日の経過をもって熊谷高校定時制での継続勤務年数が二五年を超えることになることから、計画人事の対象者として、本件学級数削減に伴う教員の過員解消及び児玉高校の欠員補充のため、平成一〇年四月一日付けで本件転任処分を行ったものであることは、前記認定したとおりであり、原告が埼玉県公立学校教員である以上、被告は、その裁量により転任処分等をすることができるのであって、本件のように、原告が定時制高校で担任学級を受け持っていたことや原告が受け持つ学級に障害者が在籍することを考慮しても、そのことから、直ちに本件転任処分が裁量を逸脱したものであるということはできないし、本件転任処分は、学年が変わる時期に行われたものであり、学年ごとに定められている教育課程に支障を与えるものでなく、その他、本件転任処分によって、定時制教育への支障や右障害者及びその保護者への悪影響が生じたと認めることはできず、原告が担任をしていた学級の生徒を教育、指導することができなくなったことが、熊谷高校定時制の教育を過度に阻害するとは認められない。

(4)  右のとおり、本件転任処分は、客観的合理性を有し、被告の裁量権を逸脱しているとは到底認められないし、他に本件転任処分の取消しを求める法律上の利益を肯認すべき特段の事情を認めることもできない。

よって、原告は、本件転任処分の取消しを求める法律上の利益を有するものということはできない。

二  結論

よって、原告の本件訴えは、その余の点について判断するまでもなく、不適法であるから、却下することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 星野雅紀 裁判官 白井幸夫 檜山麻子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例